先入観
「この人の字、読めないんだよねー」と思いながら何度読み返してもわからなかった文字が、「読みたいねん!」と気合を入れて見たら読めた(笑)。
「難しい」「わからない」と思いながら勉強してもなかなかわかるようにはならないし、何事もマイナスの先入観ははずした方がいいな。と思ったのでした。
「この人の字、読めないんだよねー」と思いながら何度読み返してもわからなかった文字が、「読みたいねん!」と気合を入れて見たら読めた(笑)。
「難しい」「わからない」と思いながら勉強してもなかなかわかるようにはならないし、何事もマイナスの先入観ははずした方がいいな。と思ったのでした。
よく、「日ごろの行い(の結果)やね~」などと言います。
これまでは「日ごろの(良い、又は善い)行いの結果」と思っていました。
でも、昨日ふと思いました。
「日ごろチョイスする言葉やいい気分ですごしているかどうか」の方が大事やな。と…![]()
更新の滞っているこのブログを、もし時々でも見てくださっている方がおられましたら、
ありがとうございます。
ここ数年、なぜか考えることも億劫だった「今年の抱負」。
今年はいろいろやってみようと思うことがあります。
それらは手帳に書きました![]()
潜在意識のことは、もう、わたしの中では当然のこととなり、
おかげさまで、日々幸せに暮らしています![]()
この、わたしにとっては「当然」となったような、心の持ちよう、意識の仕方などを、「潜在意識」とか「引き寄せ」などの言葉を使わずに、自然な会話の中でサラッと伝えることができるようになりたいなぁと思います。
このブログでは今後も「潜在意識」「引き寄せ」について書いていきたいなぁと思っています![]()
大阪であった、「筋トレ」主宰の石井ゆかりさんの講座に参加しました。
参加者全員のホロスコープをいただけると案内に書いてあったので、
パソコンに入力して印刷したものをいただけるのかな、と思っていたら、
なんと、ゆかりさんの手書き!
しかも、そのホロスコープから読み取っていただいたことを
メッセージとして書いて下さっていました。
もう、本当に感激しました。
石井さんご本人も、著作から感じていたイメージそのままの、とても気さくで感じのいいきれいな方で、より一層ファンになりました。
うちの娘も一緒に参加していました。
で、娘のホロスコープに書いていただいていたメッセージは、
普段、いろんな人からほめていただいている、娘の特性そのままでした。
常日頃から、「娘のいいところは持って生まれたもの。良くないところはわたしのせい」と思っていたので、「ああ、やっぱり」と納得しました。
しかし、石井さんのお話しが進むうち、「ホロスコープを見ていると、この人のお母さんは恐そうだな。とかわかる」とおっしゃるのです。
と、いうことは。
「言っても言ってもなおらない娘の特性」も、やはり「持って生まれたもの」なのだろう。と思うのです。
「しつけ」で身につくことは親の役目として言わなければなりませんが、「どうしてこの子は!」とイライラしそうなことも、「わたしのせいじゃなーい」と思えば、世のお母さんはずいぶん気楽になるのではないでしょうか?
少なくともわたしは、ずいぶん楽になりました(笑)。
もっと早く知りたかったな。でも、「今知った」ことに理由があるんだろう。
「お母さんはお姉ちゃんにはやさしいのに、わたしには厳しい」と思っているような場合でも、生まれた時の星の配置かぁーと思えば、ほんの少し救われるかもしれません。
「生まれた時の星の配置」には、この人生で自分が学びたいことがギュッと詰まっているのではないかと感じたから、わたしはそう思いました。
とにかく、今回のこのホロスコープは、間違いなくわたしと娘の宝物です。
わたしのホロスコープには、娘が読んでも「どういう意味やろ?」ということが書いてありますが、わたしには思い当たるフシがあります(笑)。
自分に向いていること、上手にできることだけをひたすらするのもいいけど、
向いてなさそうに見えることをとことんまで突き詰めて、
どうしてもダメで、
泣きながら方向転換するのもいいよね。
最後にはいいようになるから、とにかく、ひたすらやってみるのが大事よね。
最近、
あきらめたらそこで終わり。
あきらめなければ必ず道は拓ける。
という意味の言葉をよく見聞きします。
見聞きするたび、娘に教えてあげたいな。といつも思うのですが、
(娘もそういう話が好きなので)
さっき、これはわたし自身へのどこからかのメッセージなのだな。と
ふと思いました。
わたしは娘に幸せになってほしいと思っていますが、
自分のことは結構どうでもいいというか、あまり自分のこの先のことが思い浮かばないんですよね。
娘が幸せになれば、まあいいか。みたいな。![]()
でも、自分以外の人を幸せにしようとするなら、まず自分。なんですよね。
長い間考えたことのなかった、自分の幸せというものを思い浮かべてみたいなー。
先ほど書いた「感動させたい」を深く考えてみると、
「誰かの役に立ちたい」というのも、
本当は、
自分の好きなことを一生懸命やっていたら、「救われた」という人がいてくれて、わたしはうれしい。
という風になれば、一番自然なような気がする。
「誰かに役に立ちたい」には、
押し付けや無理があるような気がする。
やっぱり、自分の好きなこと、ワクワクに集中しよう。
わたしは、よく芸能人やスポーツ選手が言う
「人々を感動させたい」
という言葉が大嫌い。
自分が楽しんで、好きでやったことで誰かが感動してくれたら、それはまたうれしい。ぐらいの気持ちでやってよ。と思ってしまう。
もちろん、誰かの行動で感動したら、「ありがとう」と思ってます。
平日は毎朝、Eテレ(旧NHK教育テレビ)の「0655」を観ています。
06:55から5分間の放送です。
デーモン閣下の歌う「toi toi toi」が大好きで、朝からいい気分でいられたのですが、昨日(9/29)で一旦終了してしまいました。
でも、YouTubeにUPして下さっている方がおられたので、URLを貼ってみます。
toi toi toiとは、ドイツに伝わる「今日の日がうまくいくおまじないの言葉」だそうです。
みなさんにも、毎日いいことがありますように![]()
今日出会ったおばあさんは、多分、わたしの鏡だったな。と今ふと思いました。
わたしの中からほぼなくなったけれど、まだ少し残っていた価値観を見せてくれました。
そして、それを聞いて「そうですかー」と静かににこにこ返事した瞬間、わたしの中ではその価値観は「ばかばかしいこと」となりました。
そして、そういうことを初対面のわたしに言うおばあさんの姿は、わたしが将来そうなろうとしていた姿かもしれません。
おばあさん、ありがとう。
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